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Divers eye 全力で生きるために 坂田健史 【前編】

2008.12.01[ニュース | 特集]

12月31日、大晦日に防衛戦をひかえるボクシングWBA世界フライ級チャンピオン、坂田健史(28)。亀田興毅、内藤大助らの活躍によって注目を 浴びている世界フライ級戦線だが、坂田はその中で1年半、着実に世界王座を守り続けている。プロボクシングという厳しい世界に身を置いた理由。そしてチャ ンピオンとしての誇りとプレッシャー。
ストイックに戦い続ける坂田の内面にせまった。

Divers eye 全力で生きるために 坂田健史インタビュー 〔前編〕

ボクシングとの出会い


-ボクシングをはじめたきっかけを教えてください。

まず最初にボクシングにあこがれたのは、子どものころにマイク・タイソンの試合を見たときです。その試合でタイソンは負けてしまったのですが、「これをやりたい」って、直感的に思いました。
そして高校入学と同時にボクシング部に入部しました。



-しかしそのボクシング部を3ヶ月で退部されましたが?

坂田健史自分の考えていたものとまったく違ったんです。ぼくの考えが甘すぎましたね。華やかな部分しか見えていなくて、ランニングなどの地味でキツい練習についていけませんでした。それで3ヶ月で退部し、バンド活動に夢中になりましたね。


-しかし、高校3年生のときに再びボクシングをはじめました。

はい。やはり子どものころに抱いた憧れはあきらめられませんでした。こころの中ではボクシング部をやめたことをずっと後悔していました。本気でやろうと決意したのは高校2年生の秋ごろですね。


坂田は高校2年の秋にボクシングのプロになることを決意する。プロになるとは、世界の頂点を目指さなければいけないということ。そのためには3ヶ月で音を上げてしまったボクシング部よりはるかにキツいトレーニングをしなければならないということ。それはすべてわかっていたが、ボクシングへの憧れのほうが大きかった。


-ボクシングをやっていてつらいことは何ですか?

坂田健史ひとつは常に眠いことです。
練習時間は毎日3時間くらいなのですが、毎朝50分のランニング、本番の試合ではラウンドごとに1分のインターバルを取るところを、30秒で再び打ち合わなければならないスパーリングなどで、疲れきっているので、普通の睡眠時間では疲労が回復できないんだと思います。
だから常に眠いのがつらいです。

もうひとつは減量です。選手によってさまざまなのですが、ぼくの場合、減量に入ると、とにかく食べても飲んでもいけない時期があるんです。そうすると、空腹はまだ我慢できるんですが、のどが渇くのが本当につらいです。のどが渇いて一晩中眠れないこともあります。ボクシングを始めたころよりも筋肉が付いて体が大きくなっているので、年々減量はつらくなります。


-失礼な言い方ですが、3ヶ月でボクシング部をやめてしまった人とは別人のようです。

そうですね(笑)。しかし、憧れでしたから。覚悟はできてたのですが、プロの練習は半端じゃなかったです。今でも半端じゃなくキツいですが(笑)。


-坂田選手は広島出身。高校時代も広島ですごしました。勝手な偏見なのですが、広島の高校生といえば不良のイメージがあるのですが、坂田選手も?

坂田健史いえいえ。ぼくは不良じゃなかったです。まあ、ちょっとだけやんちゃだっただけです(笑)。


-一般の人間から考えると、信じられないような肉体酷使をするプロボクサーですが、坂田選手がこれだけのトレーニングや減量に耐えられるのは「ボクシングが好きだから」という理由だけですか?

そうですね。とにかくチャンピオンになりたかったですから。
チャンピオンになるためには、それは当たり前のことですから。


-高校3年生のときに東京に来て、たくさんあるボクシングジムの中から協栄ジムを選んで入門したわけですが、協栄ジムを選んだ理由は?

練習の緊張感ですね。どのジムでも基本的に練習の内容とかは変わりはないと思うのですが、協栄は練習場に漂ってる雰囲気が、ぼくにはすごく合ってると思いました。本気でやるんだったら自分を厳しい環境に置かなければいけないと思っていたので、その緊張感が良いと感じました。



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