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Divers eye 笑顔のために 加賀山就臣【後編】
今年7月26日に行われた「鈴鹿8時間耐久レース」にて、最後まで全力の走りを展開したが、残念ながら4位に終わってしまった加賀山選手。それから2週間 後、「DI-VE」は彼に会う機会を得た。今回の「Divers eye 後編」では、加賀山選手への試合中・後の感想や、辛い時の心のあり方、挑戦し続けられる理由について話を聞いた。

「勝負した!勝負したけれども、実らず、転倒してしまった。けれども、当然僕の立場としては、優勝を狙う立場で、2位3位は必要ないと思ってたんだ。当然パートナーも同じ気持ちだったと思う」
清々しい表情でレースを振り返り、感想を語る。公式サイトや他紙の取材で悔しさを滲ませていた彼だったが、今ではすっかり気持ちを切り替えているように見え る。結果をいつまでも引きずらない、その辺りもプロのドライバーの強さなのだろうか。そこで、レース時の詳しい状況について聞いてみた。
「(レー ス中って)アドレナリンというか、すごい力が出ちゃうの。実際レースが始まって、前半にホンダにちょっと差をつけられちゃって......確か40秒ぐらいだった かな?その時に思ったのが、このままじゃ2位だな、と。2位じゃ嫌なんだよ。どうすれば勝てる?どうすりゃ勝てる?って思ってたら、突然雨が降ってきた の。激しい雨だった。すごくホンダの仕上がりが良かったから、このままドライだったらちょっと厳しいと考えていたから、雨 降ってきたときには、ココしかないと思った。優勝するにはココで逆転するしかないと思った。雨よりも、このままいってしまうのが怖かったんだ。雨に濡れた 路面は確かに危険だし、転んでしまいそうだったけど、やっぱり皆の期待に応えたかったから。勇気が沸いてきたんだよ」
そこまで話すと、彼は少し表情を曇らせた。勝負の世界ではいつも、結果が一番に求められる。自らの判断に後悔はないが、やはり結果に納得はいっていない。勝 ちたかったからこその"仕掛け"、だからこその転倒。やはり、多くのファン、スタッフの気持ちに応えられなかったことに対しての憤りは尽きない。
「ま、それがうまく噛み合わなくて、1コーナー目の濡れている所にすくわれて転んじゃったんだけど。でも、あれはあれで勝つための手段としてしょうがないのか なぁと思うよ、今は。あそこで行かなきゃ男じゃない、とも思ったし。2位キープだったら誰も喜ばないからさ。だから今はあれはあれでよかったのかなと。が しかし反省点もあるので来年は必ずそれを克服してオートバイをもう1回作り直して、ホンダに負ける事ないようにやろうと思うよ」
確かに憤りはあるが、全ては終わってしまったこと。過去を振り返るよりも、次のレースに照準を切り替える。早くも来年のことを見据える彼に、悲壮感というも のは全く無い。それどころか、早く次のレースがしたくて、"ウズウズ"しているようにも見える。続いて彼は、『鈴鹿8耐』という大会について話し始めた。
「うん。8耐っていうのは、普通のレースとは違ってすごい(数の)企業のバックアップと、チーム、スタッフがすごく大勢いる。その分、それだけ多くの人の想い を乗せて走らなくてはいけないから、やっぱり変な力が出るんだよ。あと単純に、鈴鹿8耐っていうのはオートバイの世界ですごく有名なレースで、小っちゃい 頃から死ぬほど憧れていたレースでもある。いつもお祭りみたいな状態だったのを子供心に覚えてるよ。そんな、出れればいいと思ってたレースに出場できて、 まさか(去年は)自分が勝てるとは思ってなかったんだ。今年だって、少なからず盛り上げることができたからいいか、と(笑)」
去年、子供の頃から憧れていたレースでの優勝。そして、今年の"8耐"では、連覇の期待も寄せられていた。そして記者会見上でも、自ら連覇に対する意気込み を力強く語っていただけに、このレースに賭ける思いは相当なものだっただろう。やはり、いつものレースよりもプレッシャーは感じていたのだろうか。
「正直、(プレッシャーを)感じていたよ。ただ、悪いプレッシャーじゃなかった。いい意味でのプレッシャーだった。やっぱりディフェンディングチャンピオンと して、去年の優勝者として恥ずかしくないレースをしようと思っていたからね。少なからずそういう姿勢は見せなきゃいけないし、プロとして恥ずかしくないよ うにしたいな、と。転倒した時もチクショーと思ったんだけど、すぐに切り替えてバイク起こしたよ。もしかしたらもう一回チャンスが来るかもしれないから ね。でも、オートバイは土だらけで、メーターも何も見えないままだった。走りながらレバーを直して、泥を除けて......」
壮絶な話をサバサバと話す。最高時速300キロのスピードでクラッシュする......、常人には想像もつかない世界の出来事だ。プレッシャーの中、常に危険な状況 の中で優勝を目指すというのは、いったいどんな心境なのだろう。レース中は、いったいどんな事を考えていたのだろうか。
「何も考えてなかったら何も生まれないんです。
当然、目標があるわけじゃないですか。
例えば、同じチームの12号車と34号車(加賀山・秋吉号)の2台でいう と、12号車の2人がとにかく完走をする。34号車の方は勝つ為に勝負を仕掛ける。そしたらどっちかが当たるだろうって走りだよね。レースが始まってから はいろんな状況になりながらも、どうやったら勝てるかしか考えてなかった。どうやったら勝てるかっていうのは、コンディションや路面温度がすごく重要なん です。夕方になったらオートバイの状況が良くなったりするし。暑過ぎるのはダメなんです。路面温度が60度ぐらいまで上がってしまうから。60度になると、ゴムが"グニャグニャ"になって滑りやすい状態になってしまう。だから 気をつけないといけないし。もし、雨がなかったら今できることを考えていたと思う。
例えば、これ以上差を広げられないこと、40秒なら40秒でずーっと我慢しようって。路面が冷えてきて夕方になってきたときに、状況が良くなるから、夕方のときにもう一回スパートしよう、って考えはあった」
極限の状態の中、勝つ為に何をしたらいいのかを考える。そうしなければ、優勝することはかなわない。ただ、ラップタイムが早ければ"手に入る"ものではな く、自ら"手に入れる"ものだということが、ひしひしと伝わってきた。必要なのは、勝つ為の意志。そして、それを生み出す人並みはずれた精神力は、過去の 経験からも培われているのだそうだ。
加賀山は過去、生死に関わる大きな事故にあっている。医者からは全治1年を宣告され、リハビリにも時間が必要だった。しかし彼は、その4分の1にも満たない 時間で戦線への復帰を果たした。普通の人間では絶望してしまいそうな状況を、彼はどのように自分を奮い立たせて乗り越えたのだろうか。
「(事故の)直後は人間としての機能は半分なかったんだ。例えば、自分で排泄できないとか、体中に管を通して、おなかを切った状態で、自分でシャワーも浴びられ ないとか。ベッドの上で看護婦さんに全てをお任せする状態。半分人間としての機能がない状態だったから、その時はやっぱりすごいショックだったし、ツラ かったけど、絶対俺は治せる、医者がなんと言おうと俺は絶対に直ると思っていた」
医者は加賀山に対して、「来年のシーズンをオフにして1年かけて治したほうがいい」と進言した。だが、彼は2ヶ月後のレースに出ると決意。それを、「自らの 目標とスケジュールが合わなかった為」と語る。本来ならば、長期間にわたるリハビリが必要となるところを、タイムリミットの2ヶ月に合わせて進めることと なった。
「2週間ごとに区切っちゃって、あと残り2ヶ月しかないから、2週間でここまでやる、っての を全部決めたんだ。けっこうキツかったよ。実際、レースに出るっていうときは、全然まともな距離を歩けなかった。例えば、空港に降りて荷物取りに行くのも 歩けないの。もう100Mぐらい歩いただけで脚がピンピンなっちゃってさ、そんな状態だったけど、無理矢理レースに出て、得たものもあるし、『ここが足り ない、あそこが足りない』って、それこそ自分の体と会話しながら、進めたから無理なスケジュール組んでてもやることができたんだと思うよ」
そして、満身創痍で迎えたレースで、加賀山は4位に入賞する。「予選を通れば良し」という目で見ていた周りの人間にとって、それは"奇跡"という言葉でしか片付かないような出来事だった。
「その時に周りが、メカニックとかチームのオーナーとかが泣いてくれたんだ。それがすごく嬉しくて。大の大人が感動して泣いてくれるんだよ。違うときでも、不 振続きでたまに優勝とかしたりすると......。ああいうの、たまらないよね。なかなか大人を泣かせるってことは難しいですよ。それがやっぱり俺の中のモチベー ションになるんだ」
野球、サッカーに代表されるプロスポーツの世界は、知っての通り厳しい世界である。当然、モータースポーツも例外ではない。戦うことができなくなれば、次から次へと新しい選手が台頭してくる。
「レースの世界っていうのは厳しい世界で、俺がもうダメだなって思えば新しいライダーを雇うんですね。でも、そういうことをしないで待っててくれたの。必ず復帰 してくれるだろうって。チームの人間や、信頼している人間たちが待ってるから、必ずそこに戻るんだっていう思いが沸いて来るんだ。例えばあのチームとか周 りがね、「もう来年はユキオ・カガヤマのシートないよ」とか言ってたら、俺もそこまでできなかったよね。『もうシートがないのに、やってどうすんだよ』みたいな気持ちになっちゃってさ」
そこまで話すと加賀山は、目標を立てることの重要性を再度語り始めた。
「自分の中で目標を立てると、たとえ間に合わなくても近づける。医者が間に合わないって言ってたスケジュールよりも全然早くクリアできたし。じゃあ、なんでそれができるのって話だよね?それはやっぱり、チームが待ってるからなんだよね。この「待ってる」っている意味合いは、僕にとって非常に重い、深いものなんだよ。だからこそ『そこに戻らないと』って思えるんだ」

「今回のレースもそうだったけど、人の"想い"を感じると、何事もサボれないよね。それって僕らレーサーの中では、いわゆる『ラップタイム』じゃないですか。 鈴鹿1周だと約数分間、そのコンマ何秒でずっと争ってて、確かに1秒ゆっくり走るだけですっごい楽なの。体力が違うのね。コンマ5秒遅らせれば、危なくな いし安全だし。だけど、楽な方を選んでたら、10周20周、200周以上するから約200秒違ってきますよね。それで全く順位が違ってきちゃうんだ。やっ ぱり、その部分部分でタイムを1秒上げるのはツラいけど、それキープできるのはみんなの想いがあるからですよね。それを受けると、絶対にサボれない」
「サボれない思いがあるから、手が抜けない」と、自身の力の源について語る加賀山。去年制した"鈴鹿8耐"もしかり、最近の彼は自らチームを組んでレースに臨 むことが多くなっている。そのことから、『個人の戦いというものより、チームの戦いというものに面白みを感じているようになった』そうだ。それに伴って、 走ることの喜びについてもこう話す。
「いやぁ、本当に面白いんだよ。皆が笑ってくれたり、泣いてくれ たりする事が。昔はやっぱり、もうちょっと違ったんだ。『勝てりゃいい』みたいに思ってるとこがあって、『俺が俺が』みたいなさ。でも今は、それ以上に楽 しいことを見つかったんだ。みんなでワァーッって盛り上げたりすることが最高に楽しい。人をコントロールしたり、チームを作っていったり。一丸となったと きが、一番すごい力が出るんだよ。やっぱり俺の目標は、関わった人々、助けてくれた人々に笑ってほしいのね。それが1番の楽しみなの。チームヨシムラの人 間も含めスズキの人間も含め、その顔を見たくて続けてるようなものだからね。みんなで笑いたいなぁ、って」
彼が走るのは、皆の笑顔の為。それがモチベーションになり、喜びとなっているのだ。だからこそ、彼を応援し、支持する人は後を絶たない。
「僕は、勝負してナンボかな?ってところがあって、全身全霊で勝負してると、必ず誰かついてきてくれる人が現れる。それで、そういう人たちが現れると今度は逆 に、その人たちの為にがんばらなきゃって思うんだよ。自分が全力でやるところを見せると、必ず協力者が現れると思うんだよね。(そういう存在ってのは何よ りも)絶対ですよね。もしそういう存在がなかったら、やってもおもしろくないし、続けられないと思う」
レースに限らず、私たちは人生の中で挑戦することを強いられる。だが彼は、逃げずにそれに立ち向かう。そうする事によって、さらに自分が成長できることを経験から知っているからだ。これは、誰に対してもあてはまる事ではないだろうか。
そして最後に、無礼は承知の上でどうしてもぶつけてみたい質問があった。
「もし、また(今年の鈴鹿でトップに仕掛けた時と)同じ状況になったらどうしますか?」
そう聞くと加賀山は、
一瞬考えた後に少年のような笑顔を浮かべて、こう答えた。
「行きます。
また行っちゃうね」
(文責・石嶺 哲晴)
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